いしいしんじ 麦ふみクーツェ 〜へんてこさに誇りをもっていられるたったひとつの方法〜

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とん、たたん、とん 

真夏のむしあつい晩 ぼくはひとりめざめ、不思議な音に気づく。

光の差している窓辺にあゆみよると、窓の外は見たこともない黄金色にかがやく大地が

えんえんとつづいているばかり。視線をうちの玄関先におとすと、そこには

へんてこな身なりのひとがいて、足元の土をふんでいる。

こらえきれずにぼくはたずねた。

「ねぇ、なにしてるの?」

―麦ふみだよ。

「きみ、なんていうの?」

―クーツェだよ。

 (いしいしんじ 麦ふみクーツェ冒頭より本文一部引用)

楽団員役を募集しているらしいから応募してみれば?と知り合いに誘われ、

すぐにエントリーした。

オーディションと聞いていて会場のスタジオに入ると、もう顔合わせのような状態で、

演出家と音楽監督から舞台の詳細について説明があった。

その席で、原作について尋ねられたとき「子どもの時読んで以来ずっと好きな

作品です。」と答えたのは、あれはうそだった。

エントリーするとき、やっぱり原作読んでおこうと思って買って読んだのだった。

でも、この作品を子どものころに読みたかったなぁと思ったのはほんとうにほんとうだ。

子どもにもいつか読ませたいとおもっている。そんな気持ちからなのか、

うちの子が未だ小さかった頃手の届くところに置いていたので

表紙をびりびりに破かれてはセロテープで貼る、という繰り返しをしていたら

こんなぼろぼろの味のある感じになってしまった。(トップの写真)

子供の頃から読んでいたと言っても通用しそうだ。

まぁ作品の書かれた年代とぼくの年齢を照らし合わせたらすぐに

ばれてしまうのだけれど…

ばかでかい体で、ねこの鳴きまねがとびぬけてうまいぼく、(ねこ)

素数にとりつかれた数学者のお父さん、

元有名楽団のティンパニ奏者(?)のおじいちゃん、

不慮の事故で、ぼくが赤ん坊の頃に亡くなってしまったお母さん、

港町に引っ越してきたでこぼこ三人家族と街の吹奏楽団に降りかかる

さまざまな事件をとおして、ぼく(ねこ)は成長してゆく。

謎に包まれた、ぼく(ねこ)にしか見えないクーツェの正体が

ラストシーンで明かされた時…

舞台千秋楽のカーテンコールで、原作者のいしいしんじさんが

まだ小さかった息子さんを抱いて舞台上に上がられたのが印象的だった。

終演後おそるおそるお話を伺ったところ、この冒頭のシーンがイメージ

として湧き上がって、そこからすべてのストーリーが出来上がったのだそうだ。

ぼくは、いしいさんの作品に出てくる登場人物がとても好きだ。

用務員さん、盲目のボクサー、生まれかわり男、チェロの先生とヒロインのみどり色、

悪役のセールスマンでさえなんだか憎めない。

それぞれみんなとんでもない障がいや生きづらさを抱えているというのに

いきいきとしている、何というか、人間愛に満ち満ちているのだ。

喪失や、いろいろな障害をのりこえながら愛情をもっていきる。そして

そこにそっと寄り添うおんがくがある。

音楽といえば、いしいさんの文章はすごく音楽的だ。旋律的と言ってもいい。

暖かくやさしい光のように語りかけてくるその滑らかさの要因の一つには

独特のひらがな表記が挙げられる、と思う。それらが独特のリズムを生み出して

いるのだ。

そして中毒性がある。きもちいいのだ。

その時の舞台の座組みの間でも、ひらがな表記が流行った。

みんなメールをやたらとひらがなをつかってかくようになったのだ。

演出家からプロデューサーまで、オフィシャルなメールに至るまで

伝染した。

そしてそれがぬけるのにけっこうなじかんがかかった。

とん、たたん、とん。

そして、作品のなかからとくに音楽に対する名言をごしょうかいしたいとおもう。

盲目のボクサーこと、ちょうちょおじさんが主人公の“ねこ”に語りかけるシーン

〜この世が実際どんなひどい音を立てているのか、耳をそらさずききとらなけりゃ

ならないんだ。ぼくがおもうに、一流の音楽家っていうのは、音の先に広がる

ひどい風景のなかから、たったひとつでもいい、かすかに鳴ってるきれいな音を

ひろいあげ、ぼくたちの耳におおきく、とてつもなくおおきくひびかせてくれる、

そういう技術をもったひとのことだよ」〜

はい…耳が痛いですねぇ、、、その通りでございます。

もう一つ、チェロの先生が“ねこ”に「へんてこさ」について語るシーン。

「へんてこで、よわいやつはさ。けっきょくんとこ、ひとりなんだ」と口の端から

つぶやいた。「ひとりで生きてくためにさ、へんてこは、それぞれじぶんのわざを

みがかなきゃなんない」〜中略〜 「そのわざのせいで、よけいめだっちゃって、

いっそうひどいめにあうかもしんないよ。でもさ、それがわかってもさ、へんてこは、

わざをさ、みがかないわけにいかないんだよ。なあ、なんでだか、ねこ、おまえ

わかるか」

「それは」

たたん、とん

ぼくは足ぶみのようにひとことずつ区切っていった。

「それがつまり、へんてこさに誇りをもっていられる、たったひとつの方法だから」

とん、たたん、とん。

麦ふみクーツェ、未だ読んでいない方は是非こちらから。

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その場小説。即興の小説って…すごすぎる!

ライブ感があってとてもおもしろいですよ。

いしいしんじさんの作品は子育て世代に刺さるものがおおくあると思います。

是非読んでみてください。

こちらの↓作品、ぼくは号泣がこわくてまだ読んでいないのですが。。。

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