久しぶりに、学生時代の夢をみた。
私も含めた木管楽器セクションがオーケストラのリハーサルが終わった後もだだっ広い402教室に居残りさせられている。
雛壇の前には渋いお顔をされたフルートの故、峯岸壮一先生が立っていらっしゃる。
『君たちはさ、音で勝負しなきゃならないんだよ。わかってる?』厳しい口調だ。
『あのさ、我々はさ世の中にはこんなにも美しいものが
音楽があるんだっていうことを聴いている人に伝えるのが仕事なんだよ
責任があるんだよ
音楽家なんて世の中にこれっぽっちも貢献できないかも知れない
だからこそ、そこに命かけてくらいの勢いで勝負しなくちゃ。
だけどそんな様には見えないんだよ君たちは・・・』
夏に先生の追悼コンサートに行って
そのブックレットに載っていた先生の言葉を色々と読んだからかも知れない。
そしてしばらくの間沈黙が流れた。
私の夢の中だから、当時先生の仰った言葉とはもちろん一言一句正確ではない。
しかしとてもはっきりとしたリアルな夢だった。その沈黙の質を今でも思い出せるくらいに。
そしてその沈黙の中目覚めた。
手近にあった紙にペンで走り書きすると頭の中で何度も繰り返した。
それはつまり
「自分が上手に演奏できる様になるモチベーションは、有名になったり
ちやほやされる様になったり それによってお金をたくさんもらえるようになったり
演奏以外のめんどくさいことをしないで生活できる様になったりすることじゃない。
自分が美しいと思う音楽を純粋に誰かに届けること。
世の中に問うこと。
それはほとんど報われることがないかも知れない。
しかし信じてそこに命を燃やしなさい。詰まるところそれしかないんだよ。」
と 今の私は解釈した。
それも、この曲をコンサートで取り上げようと思っていたから
というのも一つの要因かもしれない。
今回ご紹介する曲は17世紀の宮廷詩人テオフィル・ド・ヴィオーの古風な恋愛詩に
19世紀のフランスの作曲家、指揮者、で文筆家でもあったレイナルド・アーン(Reynaldo Hahn, 1874年 – 1947年)
が甘美な対旋律を持つメロディーを付けたバロックスタイルの歌曲。
と そのファゴットとピアノのアレンジ。
まずはオリジナルから
息を飲むような美しさとはこういうことだ。
〜クロリスへ〜A Chloris Reynaldo Hahn
訳詩はこちらのリンクをご覧ください。
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それでは次に
ウィーンフィル首席ファゴット奏者ソフィー・デルフォー氏の美しい高音域の澄み渡った
この演奏をお聴きいただきたい。
ピアノソロのヴァージョンも静謐で美しい。
こんなにも美しい音楽が世の中にある。
もう何年も前、先生は妻の師匠でもあったので自宅に電話がかかってくることは不思議ではなかった。
妻が不在であることを告げると
『そうかあなたはファゴットのあの彼ですね』と思い出して下さったようだ。
そのような電話が何度かあった。そのほとんどは妻が取っているのだけれど。
学生時代の私は何かと出来の悪い生徒だった。(今もだが)
先生には特に『リードを口にくわえたままステージに出ない!』だとか
『チューニングする時客席にお尻を向けないの!』だとか
『足音、バタバタしない!』などとステージマナーの悪さを叱られていた。
教授を引退され長い年月が流れて、先生が認知症を患っていらっしゃったことは知っていた
電話口で私のことを本当に覚えていらっしゃったかどうかは定かではない
それでもあの時お話しできて嬉しかった。
そして今、細々とでも音楽を続けられていることに感謝している。



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