書くことと、物語をつくること。

くじら文庫
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小川糸さんの「たそがれビール」という日記のような素敵なエッセイを読んでいて、なぜだか自分でも文章を書きたい!と思ったのだ。

ベルリンの音楽祭のヤングユーロクラシックのことなんかが書いてあって、芸大時代にオーケストラで参加して第九やったなぁなんて懐かしい思い出に浸っていた。

あれから何年経つんだろうなぁ。数えてみてもしょうがないので数えないけれど、当時のぼくの夢はヨーロッパのどこかの小さな街の小さなオーケストラに入団して演奏しながらささやかに暮らす。というものだったんだけれど、結局は叶わなかった。

まぁ叶わなかったことによって得られたものもたくさんあったので今となっては結構どうでも良いのだけれどね。

しかしながら、何ヶ月かヨーロッパに限らず海外に滞在して暮らすというのは今でも憧れるところだ。

そこは少し置いておくとして、日々のこととかその時思ったことを文章にしておきたい!という欲求がぼくのどこかにあって、(だからブログを書いたりもしているのだろうけれど。)それがこの小川さんのエッセイによってそれが刺激されるんだろうな、たぶん。(さん付けで呼ばせてもらっていますが知り合いなわけではありません。ただ勝手に親近感を持ってそう呼ばせていただいているだけなのですが。。。)

一時期仲間内で脚本や詩、ショートストーリーなんかを持ち寄っては演劇と音楽でセッションをして最終的には一つの小さな舞台をつくる、という何とも楽しい武者修行をやっていた時があった。ちょうどその頃からだったと思う、少しずつまとまった文章を書きためていた。

こちらの作品もその中のひとつです。ぼくは作曲とファゴット演奏をしています。

以前このブログにも一度アップして、何だか違うなぁと思って一度は削除してしまったのだけれど、子供が3歳くらいの時に東京練馬区にあった、もうなくなってしまったとしまえん遊園地に行った時の思い出をフィクションを織り交ぜながらひとつのショートストーリーにした作品がある。

演劇セッションのための作品だったのだけれど半分は自分の思い出のためでもあった。結局どこにも発表されることなくずっと抽斗の中に仕舞われていて、もうその遊園地も今は無いし、そんなちょっとしたノスタルジーに駆られてというか、そういった気持ちもあってこの作品をここにもう一度載せたいと思うのだ。

余談ですが、これを書いた時夕方くらいに書き始めて徹夜で一気に書き上げてしまった。(後で何度か手直しはしたけれど)まぁ大したボリュームもないし書ける人が書いたらあっという間に書き上げてしまうんだろうなぁとは思うけれど、この時初めて物語りの方から勝手に先へ進んでいくという感覚を味わった。その世界に没入して、何というか麻薬のような(やったことはないけど)感じだったと思う。文章を書いている時と曲を作ったり演奏している時の頭の使い方って何だか似ているなぁとつくづく思うのだ。

それから、演劇セッションのメンバーがぼくを除けば女性二人だったので母親目線の女性一人称で書きました。

当時感じていた育児あるあるも含めつつ書いています、今考えると懐かしいんだなぁ当時は必死だったけど。

それでは。

カルーセル エル ドラド

夕闇の迫った閉園間近の遊園地は人影もまばらだった。青くたなびく雲の影に、遊具に付けられたネオンがどこか寂しげに輝いている。

3歳になる息子のむうくんは溶けかかったバニラアイスクリームを必死になって食べている最中だ。

「それ 食べ終わったらそろそろ帰ろっか。」

むうくんは無言で首を横に振る。「まだ。」

口の周りをべとべとにしながら眼は明らかに眠そうだ。

もっかい乗る。と指差した先にはメリーゴーランド。もう三回も乗っている。次に乗ったら

四回目だ。

「乗るの?また?今日何回乗った?」息子は指をちねちねした後、「2回。」と

笑顔でピースしてくる。

「うそだ三回だよ三回。」

「ぜったいやくそくだよ。これ乗ったら帰るよ。」

「うん。」

残りのアイスクリームのコーンをむりくり口に押し込んだと思ったらもう走り出していた。

夕暮れ時のメリーゴーランドは辺りの薄闇から浮かび上がる光の浮島のようだった。小さないくつもの電球が金色にきらめいて、その中を馬や馬車、女神、そのほか夢の乗り物たちが駆け抜けていた。そのせいもあってだろうか、意外なほど列ができていて結構後ろの方に並ばなければならなかった。

程なくしてブザーが鳴り夢の乗り物は乗客たちをぞろぞろと降ろして、また新しい乗客を迎え入れる。

順番が来て、むうくんが「ここに乗る。」と言ったのはモスグリーンのビロードを張ったシートが向かい合わせになっているゴンドラのような形の乗り物だった。

昼間はあまり気づかなかったけれど、よくよく細部を眺めるとかなりの年代ものだということがよくわかる。しかもほとんどの箇所が木で作られている。何処か知らない国の劇場に迷い込んでしまったような気にさえなる。

乗り込んでしばらくしてもなかなか動き出さないので、細かい細工をよく見ることができた。どうやらアナウンスによると誰かが落とし物をしていたようだ。

落とし物が持ち主の手に戻るとブザーが鳴り、がたんと音を立てて動き出した。

さてとすわり直してむうくんを見ると、半分こちらにもたれたまま目が半分閉じかかっている。 やはり…

そう思ってふと目を上げると、先ほどまで向かいの席に誰も居なかったはずなのに上品な老婦人が座っている。古めかしい服装にすっと通った鼻筋が外国人のようにも見える。

少し驚いて見ていると目が合ったので軽く会釈した。

こちらを見てにっこりと微笑んで口を動かして何か言ったように見えたけれど、うまく聴き取れなかった。聞き返すのもなんだか失礼な感じがしたので、こちらもただにっこりと笑ってみせた。やはりきっと外国の人なんだ。

そんなことを考えていると、「どっからきたの?」不思議に思ったむうくんが思わず呟いてしまった。

「おばあちゃんはね、世界中を旅してここに来たの。」

流暢な日本語だった。

「へぇー。それで失礼ですけどご出身はどちらなんですか?」

「生まれはね、わたくしドイツなの。でもアメリカにもずいぶん居たわ。」

「なるほど。」

息子を見て愛おしそうに微笑んでいる。

その笑顔は遠い昔どこかで会ったことがあって、でも記憶の奥底に沈んで思い出せないようでもあり、はたまたついさっき会ったばかりでもあるような不思議な笑みだった。

息子は目をとろんとさせたまま照れている。

頭の中では時間がぐるぐると行ったり来たりしている。黄金色の光に照らし出された夢の中を彷徨っているように、子どものころの自分をどこか遠くから眺めているような気分がした。

大人になればすべてがうまくいくように思っていた。

あの頃夢見ていた黄金郷を今も夢見、追いかけ続けているのかもしれない。

そうやって同じところを回り続けているのだ。このメリーゴーランドのように、ぐるぐると。そんなとりとめのないことを考えていた。ぐるぐる、ぐるぐる、…

がたん。

気がつくとメリーゴーランドは止まってブザーが鳴り、終了を告げるアナウンスが流れた。   

息子が袖をぐいと引っ張る。「ママだっこ」 「……」

いつも予想は的中するのである。

向かいの席を見ると先ほどの老婦人はもうそこには居なかった、背筋がぞくっとして体がふっと宙に浮いたような気がした。

帰り道、すっかり重たくなったむうくんを抱っこしながらさっきのおばあちゃんの事をぼんやりと考えていた。ものすごく身のこなしが速いか、もしくは現実の人ではないかだ。

そう考えるとまた背筋がぞくっとした。

不思議なことに怖いとかそういった感じは全く無かった。むしろ親密な感じさえした、そして何かが頭の中で引っかかっている。記憶がぶ厚いもやのように固まってしまっている。

先ほどのできごとをもう一度頭の中で繰り返してみる。列に並んでゴンドラに乗って、落とし物をした人がいて、動き出して、気がついたらおばあちゃんがいて、話して、何かを思い出していたんだ。そして、むうくんを抱っこして降りる時おばあちゃんはいなかった。

メリーゴーランドの細部を思い返してみる。

馬、馬車、ゴンドラ、ところどころペンキが剥がれている。カルーセル エル ドラドと書かれたプレート、このメリーゴーランドの名前だ。年代物であることや歴史が書かれている。頭の中で外側をぐるりと一周してみる、写真のように全景をイメージする。…写真?

もやもやとした記憶がだんだんと輪郭を帯び、くっきりと鮮明に甦ってきた。

そうだ!私の幼稚園の卒園遠足、あのメリーゴーランドに乗ってその前でみんなで記念写真を撮ったんだ。その後も何回か来ている、高校生の時のデート、そう、彼とけんかした。成人式の会場もこの遊園地だった。そうだ、そうだ!

なぜだろう、気づけば自然と涙が溢れ出していた。懐かしさと愛おしさと切なさが一気に押し寄せてきたような不思議な感情だった。あのおばあちゃんともう一度会って、”ありがとう”と言いたかった。けれどももうどこにも見当たらない、仕方がないので心の中でそっとそう呟いた。

あのメリーゴーランドも来年にはこの遊園地の閉園とともにもうここでは会えなくなってしまうのだ。

家に着く頃、息子はすっかり眠っていた。

でもだいじょうぶ。お布団はもう敷いてあるし着替えのパジャマも畳んで置いてあるし。

そう、いつも予想は的中するのである。

パジャマに着替えたむうくんはすうすうと気持ちよさそうな寝息をたてている。

おやすみ。歯みがきしてないけど。

窓を開けて外を見る。オレンジ色の街灯が道に沿って曲がりくねってどこまでも続いて見える。ずっとずっと遠くまで。

夜の風は少しだけ、海の匂いがした。

おしまい

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